Dancing with an Angel

言葉を見つける追いかけるつかまえる

「アレンタウン」からの藤井風『プレマ』

藤井風の「花」を何回か聴き返していてなんとなくビリー ジョエルの「アレンタウン」を思い出し、YouTubeで改めて聴いてみた。どこか似ているとかどうでもよくなり、曲のすさまじさやパワーに今さらながら圧倒された。淡々と乾いたリズムを刻むドラムは無慈悲に流れていく時間、時には人びとの怒りを感じさせてこのドラムだけでもドラマチック。このドラムを叩いているLiberty DeVitto氏というドラマーを初めて知り、彼のドラムの動画を漁るように見回ってしまった。そのかっこよさよ!!パワフルすぎてぶっ飛んでいてずっと見ていられる。「花」を聴いて「アレンタウン」のドラムを思い出したという話が多少脱線しましたが、ひとつの曲を聴いて枝葉のように興味が広がるのはとても幸せな体験だと思う。

 

「アレンタウン」はこんなにすごい曲だったのか。昔聴いた時よりずっとかっこよく聴こえる。労働者の歌であることはなんとなくは知っていたが、歌詞を読むと衰退著しい今の日本が重なりクラクラしてしまった。

40年以上も前の曲だけど、決して古びることなく今も新鮮に聴ける。かつては隆盛を誇った製鉄所が落ちぶれていく様や国への失望感をこんなにポップに歌えるとは。アメリカの衰退を歌った曲が、普遍的なメッセージとして今の自分にも届く。負の遺産でも極上のエンタテインメントに押し上げてしまう。クセになる製鉄所の擬音も映画のようなMVも、リピートしてしまう魅力がある。すごすぎて羨望しかない。少なくとも私にとって『洋楽』は、いまだに雲をつかむような存在だ。

 

閑話休題。『プレマ』は果たして洋楽なのかJ-POPなのか、『プレ:プレマ』も含めた全16曲を噛みしめながら何回も聴いてみた。攻めた曲もあるし懐かしく感じる曲もある。英語で歌っているから洋楽に聴こえるし、J-POP世界版とも思えるが、昔の曲を踏襲しつつ新しい時代の曲であることは確かで、カテゴライズすることはもうできない時代なんだなと思う。「英語だから藤井風もついに洋楽」と思った自分は古い人間なんだと痛感。

 

まるで洋楽とかそんな言葉や概念はたぶん彼の中にはなく、見上げる必要もなくフラットな状態で作っていける人なのだろう。藤井風自身が音楽の〈るつぼ〉のような人だから、いろいろなルーツを持つ音楽がいっしょくたになって抽出されて純粋な一曲が生まれてくるようなイメージがある。それはもう完全にオリジナル。『洋楽』の亡霊から解き放たれ自由だ。とはいえ、そこに世界との圧倒的な差がないことの証明がほしいと勝手に思ってしまう。それは世界的な人気とセールスと何かしらの賞を取ること。グラミー賞のステージでピアノを弾きながら歌っている藤井風を見たら、「洋楽」や「J-POP」など音楽にラベリングする意味なんてなくなるだろう。その日は近いと思う。

 

 

生配信で鑑賞『藤井風 Feelin' Good @日産スタジアム』

チケット争奪戦の末…

 風さんにとってもファンにとっても3年前の「リベンジ」の、今回の日産スタジアムでのライブ。言わずもがな、チケットは争奪戦。前回のツアー以上に入手しづらくなっている、という感触がありました。

 私はリセール扱いの3次抽選で外れたことで、チケット戦線から離脱。リアルタイム配信も決まったし、この暑さに耐えられるかどうか不安だったので4次抽選は見送りました。

 ふと思ったこと、リセール抽選後に行けなくなった人たちのチケットが宙に浮いてしまうのはもったいないなと。当日ギリギリまでトレードOKみたいなシステムがあれば、チケットも浮かばれるというものです。遠方等で行けない人のために、全国の映画館でのライブビューイングもよいのでは。

 

ドラマチックな登場

 万障繰り合わせてタブレット前に待機。自宅とはいえ、なぜか緊張する。

 風さんフェイクな登場。その後、アリーナ上に置かれたピアノに向かって歩く風さんには怖いくらいの透明感があり、そこがスタジアムであることを一瞬忘れてしまうほどでした。 

 お客さんの間を、たまに合掌しながら縫うように歩く姿に既視感…これはリアル「ジーザス・クライスト・スーパースター」ではないですか!演奏もまだ始まっていない状態から、まあ、すごいものを観てしまった。画面越しでこれなのだから、間近で見た方はもっとすごい体験をしているのでしょう。

『旅路』のアレンジのカッコよさ

 今回、曲のアレンジや曲と曲のつなぎも、次はどう来るんだろうと期待を煽るようでスリリングでした。特に『旅路』の青春パンクっぽいアレンジは本当にカッコよかったです。青春まっただ中の恐れを知らない、向こう見ずに突き進んで行くような風さんの歌い方は、胸がちくっと傷むような、なんともいえない感情になりました。エモいってやつですね。

 

前回との違い

 ガレージの屋根の上で、夕日をバックにピアノの弾き語りをする風さんがとても美しかった。

 2023年のツアーでの高いところでピアノを弾く姿も孤高な美しさがありましたが、今回は日常の風景に溶け込むようで、ピアノと風さんにより一体感がありました。その中で聴いた「風よ」は本当に良かった。人生というのは基本的に悲しいもの、悲しいままに進んでいっても別に構わない、そんな気持ちになりました。いつか、本物の山や海をバックに聴きたいものです。

(個人的にいつか行ってみたい劇場、石川県七尾市にある能登演劇堂で「それでは、」を聴いたら最高だろうな。ステージ背面の扉が開くと、そこは自然…という素晴らしい劇場です)

 

2年前のパナスタでの公演や前回のツアーは、手の届かないところにいる風さんから啓示を受ける私たち…みたいに感じましたが、今回は何かしらの抽象や概念は意識的に置いてきたような気がします。「Grace」をあえて歌ではなくピアノのみにしたことで"宗教色"は薄まる形になりましたが、その精神は「Feelin' Go(o)d」でポップに受け継がれたのだと。とはいえ、「Grace」は名曲だし、壮大な曲は野外スタジアムでこそ本領発揮するので、やはり聴きたかったです。

 

始まりの終わり

「満ちてゆく」の終わりに、自分のお墓に横たわる風さんを見て、自身のペルソナを次々と葬りさることでしか前に進めなかったデヴィッド・ボウイと重ねてしまった…のは自分がボウイファンなのですみません。風さんはそのままの人の印象がありますが、聖人君子のようなイメージはひょっとしたら彼のペルソナかもしれないとも思う。風さん自身が「すべてを兼ね備えている」ことを自覚した時に、自分自身に課したことがあるのではないか…などと彼のようには生きられない私は、そんな邪推をしてしまう。

 風さんが次に目指すものはなんだろう。次に進むために何かを終わらせるのかな、という思いで見ていたシーンでした。

 

変わらないものなどない

 海外進出等で、ここ1年くらいの風さんを取り巻く環境はガラリと変わりました。ファンというものはわがままなもので、売れてほしい気持ちと遠くに行かないでほしいという気持ちが背中合わせにあるものです。ですが、変わっていくことが離れてしまうこととイコールではないことが風さんの演奏や言葉からしっかり伝わってきたので、どんどん変わっていってこれからも楽しませてねーという気持ちになりました。世間が期待する風像にとらわれることなく、自由にやっていってほしいです。

 


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映画『怪物』を観て

映画『怪物』を観てきました。

おそらく様々な側面から語られるだろうし、語りたくなるようなとても面白い映画でした。『怪物』というタイトルも、自分に捉え直して考えることを迫られるような気持ちになります。私も怪物になったことがあるし、他人や家族が怪物に見えたこともある。あの時怪物にならなければ生きてこられなかったとも言えます。

 

今もどこかで生きている

この映画は、もちろん教育映画ではないし、何かを正す役割を持っているわけでもない。

人間の営みを誰かの目線でなく、神の目線で眺めたら、眺めることができたら。ストーリーはどこからでも始まるし、人によってはズレて始まるかもしれない。そして終わりなどない。伏線が回収されようがされまいが、ストーリーがあるべき場所に着地しなくとも、登場人物の人生は続いて行く。今も彼らはどこかで生きているのだ。わたしのように、誰かのように。

 

火と水

序盤のシーンである、消火活動を遠目に見ながら少年の母親が言う「がんばれー」が終盤になって響いてくる。

火も水も災いになりうるし、生きる上で欠かせないものでもある。破壊と再生、どちらの側面も持っている。見る角度で意味が全く変わってくる。普段から神の目線で見ることができたら、

物事の捉え方が違ってくるだろう。神目線になれないからと言って諦めることはない。想像力がある限り。

 

銀河鉄道に乗って

二人の少年は冒険の末、自分たちの手で自由を獲得した。そうやって今も、ジョバンニとカムパネルラは姿を変えて存在しているのだと思う。二人の関係性に名前などつけなくてもいい。二人が心地よければそれでいい。

 

Aqua

映画のエンディングで流れる坂本龍一さんの「Aqua」がとても良かった。少年たちの未来が希望に満ちあふれたものだと思えるような曲だった。「Aqua」の元曲である坂本美雨さんの「in aquascape」の

 

その愛に気づくことが

この星を美しくしてゆく

 

という歌詞がストーリーと重なって聴こえてきます。

 

生まれ変わらなくたって生まれ変われるのだと、二人の少年が私に教えてくれたような気がします。

 

冒険は誰のもの?

美しいラストシーンを見ながらも、冒険は少年だけのものじゃないのにな~とモヤッたのもまた事実。是枝裕和監督作品は少年がメインになることが多いような気がするので(今回の脚本は坂元裕二さんですが)、少女を真ん中に据える作品を観てみたいです。

『怪物』では女子の存在が傍観者的な役割なのは何か意味があるのだろうか?とか高畑充希演じる彼女の描き方など、モヤモヤは残りました。2時間では描き切れない部分も見たいので、ドラマ化してはどうでしょう?WOWOWNetflixで是非。

 

 

 

 

 

DAVID BOWIE『MOONAGE DAYDREAM』

David Bowieにまつわるドキュメンタリー映画

Bowieの思考を旅しているような時間だった…そうとも言えるし、自分なのかBowieなのかよくわからなくなるくらい思考がシンクロしていたとも言える。時間と空間が崩れて溶け合っているような不思議な作品だった。Bowieが言っていたように、平行世界を自分の隣に置いておくことは、何かしら人生のヒントを得たり助けになるものだ。自分の場合それがBowieの曲だったことは、とても運が良かったと思う。出会うべきタイミングというのはあるのだ。

 

Bowieが一番嫌いな場所だったというLAに身を置いたという話はすごく好きなエピソード。そうやって身を削り化学反応で何かを生み出そうとしていたことは、Bowieがただのミュージシャンではなく真のアーティストであることの証だと思う。嫌悪するロスに住んでいなければ『Station To Station』という名作も生まれなかったわけだから、人間、楽な方に流れてばかりでは成長しないと思い知る。嫌いな場所も嫌いな人も、芸の肥やしにしてしまえばいい。

 

テリー

兄、テリーのこともだいぶ語っていた。「Rock 'n' Roll With Me」は、今でも自分を勇気づけてくれる大好きな曲だが、本当はテリーのために歌っていたのかもしれない。彼がいたからこそ、Bowieの音楽がありBowieの存在があるのだと思う。このドキュメンタリーで語られる兄弟の関係が表なら、映画『Stardust』で描かれていた兄弟の確執は裏に当たるのではないかと。

 

『Stardust』

ちなみに…映画『Stardust』はBowieサイドでは非公式扱いとなっていて、1曲もBowieの楽曲を使わせてもらえなかったかわいそうな映画ですが、どのようにして〈David Bowie〉になり得たかその背景がよくわかる良い作品だと思いました。〈ジギー・スターダスト〉誕生の瞬間もこんな感じだったのかもしれない‥と結構楽しんで観ました。エンディングで流れる曲は、70代のBowieっぽさが出ていて、いかにも彼が書きそうな曲でした。よほどのファンでないと書けないのでは?

 

閑話休題

「Wild Eyed Boy from Freecloud」のライブバージョンが聴けて良かった。この曲のストーリー展開が好きで、話を広げて舞台化、ミュージカル化できるのでは、なんて妄想。この世界観を表現している壮大なオーケストラも大好きです。

 

自分の計画とBowieの計画が合っているのかの答え合わせ

観ている時間は、自分の考え方とBowieの考え方をすり合わせしているような時間でもあった。節目節目で『Moonage Daydream』を観れば答え合わせができるだろう。自分の人生を生きているかの。


生きることは〈カオス〉でも〈カットアップ〉でも何でもあり、自分の考えたやり方でツギハギだらけで生きていけばいい。

Bowieは私にとって最強の味方。これからも人生の伴走者でいてくれる。

 

 

 

終盤で流れる「Memory Of A Free Festival」のマッシュアップがかっこよくて、(「Station To Station」の汽車の効果音の使い方!)早速Spotifyでポチりました。

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藤井風 LOVE ALL ARENA TOUR

争奪戦必至なチケットが幸運にも当たり、「藤井風 LOVE ALL ARENA TOUR 」さいたまスーパーアリーナでの1月15日の公演に行ってきました。当選する気が全くなく、何の準備もしていないところに届いた当選の報せ。全部の曲を知っているわけではないゆるいリスナーだったので、その日から時間があれば聴くようにしてなんとか叩き込みました。

 

満員のさいたまスーパーアリーナは37,000人の人、ヒト、ひと…飲まれそうな異様な雰囲気に正直不安でした。

ところがいざ始まってみると、風さんは近所の兄ちゃん風情でゆるゆると登場。そのゆるさで緊張が解け、この時間を周りのみんなと楽しもうという気持ちになりました。

 

さいたまスーパーアリーナ史上最多動員数という37,000人分の熱をたったひとりで受けて、それを返すのはとてつもないプレッシャーだと思います。遠くても近くに感じる瞬間も、近いけど遠いと感じる瞬間もあって、そのアンバランスさが魅力のひとつなのだと思いました。

 

ピアノも歌も圧倒的で、有無を言わせない凄みがありました。序盤の高い場所でのピアノ弾き語りは(説明が陳腐すぎて全く伝わらない…)、息をするのを忘れるくらい美しかった。懐の深さと同時に、誰も寄せ付けない孤高さも持ち合わせているからこそ奏でられる音なのだと思います。

 

ステージ演出も素晴らしく、今舞台でできる最高クラスの演出なのではないでしょうか。照明は風さんを地上に浮かび上がらせるべく、ふんだんに光を注いでいました。光と炎が音楽とシンクロする様や場内が明るくなる程、客席に走るライトなど、贅沢至極な演出も堪能しました。あの規模をツアーでやってしまうというのはすごいな。二度とないだろうと目と脳に焼き付けました。

 

デビューして3年、これからどうなって行くのかとても楽しみです。彼の作る音楽が広く世の中に浸透していってほしいと思っています。ピアノと歌だけのコンサートもまた開催してほしいです。

 

 

 

藤井風「grace」

自分の内なる声に耳を傾けているか。

情報の洪水に絡め取られていたり、ネットで他人の意見を読みすぎて自分の頭で考えることがおざなりになって、自分の本当の気持ちも迷子になってしまう。

そんなことばっかりやっていたら心と身体がバラバラになってしまう。

身体と心が合致していなければ、生きるのは苦しい。

合わない部品で動いていれば、本体も部品も壊れていくだろう。動けば動くほど壊れ方もひどくなる。

 

外の世界にずっと探してた 

真実はいつもこの胸の中

ここのドラムはまさに心臓の鼓動。自分を動かすのは、結局は自分の気持ち。自分の中にしかない答えを探すのは実際骨が折れる作業だが、それを怠っているとやがて歪みが出てくるだろう。

 

本当の気持ちに気づくのを魂はずっと待っていてくれただろうし、そのことに早い遅いはない。むしろそれが生きる意味なのではないかと思う。

 

「grace」は「よし、頑張って生きよう」と思わせてくれるアンセムのような曲ではあるけれど、なぜか死のイメージも付きまとう。それは他の曲にも言えることだが、藤井風の仏教的な解釈なのかなと思う。

 

死後さまよっていた魂が、導く存在に出会い「やっと自由になれた」と浄土ヘ。これは四十九日に近いものを感じました。曲の終わりと始めがループしているので輪廻転生して生まれ変わり、「明日になればさよなら」しても、また新しい自分に会える。生きていても、明日は新しい自分に生まれ変わることができる。毎日のように生と死が繰り返されているなら、大いなるものに身を任せてもいいじゃないかと思えてくる。大いなるもの…人によってさまざまだと思うが、私の場合は自然かな。超がつく大自然や宇宙に思いを馳せたり、想像の中の風景だったり。

 

全然関係ないけど、「燃えよ」のジャケ写ってBowieの『LOW』のジャケ写に似ているような気がする。Bowieのアルバムの中で一番好きなジャケ写です。でも風さんはBowieの曲はカバーしていないようなので…やってほしい曲はたくさんありますが「Starman」「"HEROES"」などの有名な曲はもちろんですが、個人的に「Quicksand」を聴いてみたいというのはあります。サビのメロディーラインの美しさと、流れるようなリック ウェイクマンのピアノを藤井風で聴いてみたい。

 

…ピアノつながりで「Life On Mars?」もいいな。ということで風さんには、アルバム『ハンキードリー』をおすすめしますw

 

 

VaundyとBowie

Vaundyを最近よく聴いている。

とにかくいいのです!

彼のMVのコメントを読んでいるとよく出てくる「中毒性」というワード。まさに言い得て妙。

 

Vaundyの「HERO」を聴いたときに、そのタイトルだけで、偶然とは思うけどBowieを好きだといいなーなんて勝手に思っていました。

 

AppleMusicのVaundyが作ったプレイリストにBowieの「"Heroes"」が入っているのを見たときは、うわーBowieの良さに気づいてくれてたなんてありがとうございます!という気持ちになりました。

その後、AppleMusicのラジオでご本人が「David Bowieのような人になりたい」とおっしゃっているのを聞いた時は、いやーもうVaundy聴くしかないでしょ!ということで聴き始めた次第です。

 

Vaundyの曲には、いわゆるB面的な曲がないように思う。どの曲も1曲目、あるいはトリに持って来ていいような曲。すごい勢いでかっこいい曲ばかり書いている。歌もうまいし、声もいいし、表現豊か。音楽以外の才能もあるし、ほんとBowieを彷彿とさせる音楽家だと思います。これから楽しみでしょうがない。

 

声もいいので、声の仕事…例えばナレーションとか声優もいいのでは?音楽に限らずいろいろなことに挑戦してほしい。

ひとつのことにこだわらない、だけどこだわれる。いい時代になったなと思います。

 

Vaundyの「HERO」を聴いたときに、何か引っ掛かる、何かに似ている…そうかボウイの「It's No Game」に似ているんだ。冒頭のギターがロバート フリップのあのギターに。そういうふうに聴こえはじめたらそう聴こえてしまうのかも?

ギターもVaundyが弾いているのかな、それともいわゆるDTM、パソコンで作ったのでしょうか。

いずれにしてもグッと来ます。

 

いつかライブを見に行きたいな。