Dancing with an Angel

言葉を見つける追いかけるつかまえる

映画『ジョジョ ラビット』

ジョジョ ラビット

やっと観ることができました。春に観る予定にしていたもののコロナ禍で映画館もクローズになり映画館で観るのはもう無理かなと諦めていましたが、再開後にまたやってくれましたキネマ旬報シアター!感謝です。

 

第二次世界大戦下のドイツでヒトラーユーゲントに加入した10歳の少年とその周りの大人たちの話です。

 

ひとことで言えばジョジョ少年の成長奇譚で、とても不思議な映画です。あの時代あの場所に現実にいたであろう市井の人たちを描いたドキュメンタリーのようでもありファンタジーでもある。ジョジョの視点を通して日常も異常な世界も見ることができるのです。

 

恐怖も苦しみも悲しみも愛されること恋すること、すべてジョジョと経験することができたなら、映画館を出る時にポケットの中に彼の宝物が入っていることに気づくでしょう。

 

人が生きようとする時、健全さとは乖離していってしまうことがある。そうやってでも生き延びる。生き続けることこそ生きる意味なのだと、人生で何度も何度も思い知らされる。時代や場所関係なく。

映画の中の人も外の人もそれは一緒です。

 

 

スカーレット ヨハンソン演じるジョジョの母親がとても素敵で、自分の人生の一瞬でも彼女の要素を自分の内に持つことができたら、そう思っています。

どんな状況でもファッションやダンスを楽しむことは自分を勇気づけることであり、それはレジスタンスなどではなく平和への意志の表明です。

彼女がこの世界にいてくれてよかった。

 

 

ボウイ"HEROES"

そしてデヴィッド ボウイの"HEROES"が平和を象徴する場面で流れます。私自身とても感慨深く、ファンであることを誇りに思いました。

 

ドイツ語バージョンですが、違う人が歌っていると思うくらいオリジナルよりエモーショナルに歌っています。この映画のためにレコーディングしたと言ってもなんら不思議ではありません。聴き慣れた曲がスクリーンから流れるのは胸が熱くなります。

 

"King" がジョジョ

"Queen"がエルサの

ふたりにしか聴こえない"HEROES"。

 

この映画にこの音楽という

この組み合わせ以外では成立しない唯一無二の世界はカタルシスに満ちていて

なんて幸せな時間だったのかと思う。

 

きっとボウイはこの映画のことを理解して曲の使用を許諾したのだと思います。平行世界から!

 

 

リルケの詩

そしてこの詩に全て集約されます。

 

すべてを経験せよ

美も恐怖も

 

生き続けよ

絶望が最後ではない

 

R.M.リルケ

 

 

かくまうことも

手放すことも

どちらも愛です。

 

 

ジョジョからもらったものを握り締めながら

私は生きていくのだと思います。

 

 

今もちょっと先の未来も意識して

コロナウイルスのため外出の自粛要請があっても出掛けなければいけない。

町の人出は少ないが、緊張感はあまり感じられない。

 

用事が終わったあと、帰り道にある桜を見てきた。

葉桜もさわやかでいい感じ。

 

 

コロナのせいで
気持ちがあっちこっち定まらない。

 

今この混乱の中を生きている時間と

収束した後を見据えて元どおりになった時にすぐに取り掛かれるように準備する時間と

二重に生きているようで気持ちがとても疲れる。

 

そして

戦争というものが日常にじわじわと

心や体にまで浸食するように食い込んでくる様が少しわかったような気がする。

 

それでも花や木に囲まれると不思議とニュートラルになれる。

 

毎年咲いては散って行く桜から見れば

きっと今の状況などお構いなし。

 

 

情報は毎日変わるので全てを受け取る必要はなく

でもどれが正しいのかもよくわからない。

 

1日のどこかで完全に情報を遮断する時間がないと、無意識のうちに疲弊してしまう。

 

 

実際に動くことができない今

世の中がそうなんだから別に無理してやらなくてもいいんだとついつい自分を甘やかしてしまう気持ちもある。

でもここでさぼってしまうと、いざ明けた時になにか差がついてしまうようで焦る。

 

コロナウイルスが蔓延しているこの世界の中で、コロナがなかった平行世界で今頃何をやっているかを想像しながら

出来る範囲でそれに近づけることも大切だと思っている。

 

 

いろいろな意味で、今の自分の行動がコロナ後の世界を作るのだと意識していきたい。

 

Stay home Stay safe 

皆さまもお気をつけてお過ごしください。

 

 

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昨日の強風にも耐えた。桜って見かけによらず結構しぶとい木だ。理想的な人のよう。

 

そして桜は静かに見るのが一番合っていると思います。これを機にそういうお花見になってほしい。

 

 

 

 

映画 パラサイト 半地下の家族

今年のアカデミー作品賞『パラサイト 半地下の家族』を見てきました。

 

たぶん見る前から好き嫌いが分かれるのでしょうし、万人に受け入れられるような作品ではないと思います。

 

そうはわかっていたけど、今日映画館で私が見た回は観客が数人というのはちょっと残念に思いました。観た方の感想や口コミが拡がっていけばいいのですけど‥。世界中で蔓延している新型コロナウィルスのせいもあるのかもしれませんが。

 

 

 

さて映画の感想ですが、

強烈な作品なのでどう書いてもネタバレになるような気がして

どうやって書いていいのかわかりません。

 

 

エンドロールを見ながら放心状態で思ったことを書いておきます。

 

真実などこれっぽっちも知りもしないのに

普段私たちはまるでその問題の当事者か、その問題に精通している人間のように饒舌に語る。

それがいかに傲慢なことであるか、ハンマーで頭を100回くらい叩かれたようなそんな気持ち。

 

そして、

社会のルールなど破ってもいい。時にルールを破らないと自分にとっての正しさにはたどり着けない。誰でも人生に一度はそういうことがあるのだろう。間違ってると言われても、自分の思う正しさを抱いて泥臭く生き抜けというメッセージを私は受け取りました。

 

分断されたものを取り戻すには、分断されていた時間よりももっとたくさんの時間がかかる。それでも信じて進むしかない。希望は生まれるものではなく、絶望の中からすくい取るものだと思うから。

 

とてもシリアスな話だけど、声を出して笑ってしまうようなユーモアな場面も絶妙タイミングで挟まっています。悲も喜もあるのは実人生もそう。突拍子もない設定だと思えばそうなのですが、人生ってそういうもの。

 

考えようによっては、地下も地上も地獄であり天国でもある。

ハッピーエンドと捉えるのかバッドエンドかは考え方ひとつで変わってきます。

 

これネタバレかどうか‥

白人社会へのアンチテーゼは随所に忍ばせてあるように感じました。ちょっとした違和感ですが。人種問題というのは、そういうちょっとした違和感の積み重なりなのだと思います。

この作品は近未来の話というか、予見しているようにも思えます。白人社会や人種でマウントを取る時代もいずれ終わると。オスカーを取ったこと自体がその証明になっているとも言えます。

 

 

この感想ではなんのことかさっぱりですね。

自分で書いていても頭がごちゃごちゃです。

‥‥つまりそんな映画なのです。

 

 

 

そして音楽がとてもいいです。

観ている人間を上でも下でもなくフラットな状態にさせてくれます。

エンディングの歌も浄化作用のある歌詞で、

ストーリーに置きっぱなしにさせないで現実に戻してくれます。

 

 

つっこみどころが満載なのでもう一回観たいなー。この感じは『カメラを止めるな!』を観たあとの感覚と近いような気がします。

 

 

 

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キャラメルポップコーンは必ず!

期間限定のアップルサイダーは角切りりんごが入っていて美味しかったです。

 

 

 

嫉妬心を解き放て

最近の芸能ゴシップでもSNS上での叩き方はひどいと思う。

 

何かにとらわれた自分の人生の鬱憤を、全く関係のない出来事で晴らしているような。

 

そうした言動は、無自覚のまま感情の奴隷になっているようで怖い。

そこから抜け出せない人生というものを想像してみる。美しくはない。

 

 

嫉妬混じりの批判などに相手は耳を貸さないだろうし、自分にも何も返ってこない。

 

何かに囚われず

精神も身体も自由でいたいなら

自分の頭で一から考え行動するしかない。

 

 

集中して何かをやっている人は自分に意識が向き

他人の人生をとやかく言わなくなるだろうし、嫉妬する時間がもったいないと思えるはず。

 

 

愚痴を言い始めたら、

やることをおろそかにしている

本当にやるべきことを先延ばしにしていると肝に銘じたいと思う。

 

まだまだ勉強することはたくさんある。

自己研鑽は嫉妬から自由になれる唯一のものだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

羽田空港

久々に何も予定もない日に、今日は何もやらないぞーと行き先を決めずに電車に乗ったものの

さてどこへ行こう?

 

そこでは何かを捨てることも拾うことも可能

ある意味ワープできる場所でもある

日常非日常が無い混ぜになって

お金も感情も無駄遣いする場所

 

空港へ行って来ました。

羽田空港

 

ターミナル2の展望デッキでお茶を飲みながら(寒い)、飛行機を見ている人たちを見るのは至福贅沢。

 

PAULのパンを買って

ターミナル1へ歩いて移動。

 

使い勝手が良さそうな小さいバッグを買ったり

美味しいヒレカツを食べたりしたらターミナル1の展望デッキへ。

 

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遠目に夕焼けに染まる富士山と

飛行機を見ながら

 

またここから飛行機に乗って

どこかへ行けるように

これからも頑張ろう

と固く決心したのでした。 

 

空港とは私にとっては自由の象徴です。

自分のためだけに

自分が行きたい場所に

自分のタイミングで

飛行機に乗れる人間でいたいと思う。

 

それができないのは、何かが足りていないということ。今の自分の立ち位置の確認ができるのです。

それにしてもこの景色、とても美しかったです。

同じ風景を無言で見つめている人たちを見るのも、幸せを感じました。

 

それぞれ人生があって、でも交錯しないというのはそれもまた意味があることなのだと思います。

 

 

 

 

NHK特集を見て

先月、NHK特集の安楽死についてのドキュメンタリーを観てその感想を書こうと思っていたのですが、

あまりに衝撃的な内容だったため、考えがまとまらず書くことにも躊躇してそのままになっていました。

 

ですが、やはりもやもやした感情が残ってしまった。

自分の中でまとまるはずなんてないのだから、まとまらないまま書いておきます。

深夜の再放送を途中から見たので、本当はもう一度ちゃんと見たいというのもあります。

 

このドキュメンタリーは、

安楽死を決めたある日本人の女性の生活と人生を追う形になっています。番組終盤で安楽死は実行され、2人のお姉さんたちに見守られながら息を引き取る瞬間までカメラを回し続けています。

 

どう表現したところで不謹慎だと言われるかもしれないですが、

長い長いトンネルを抜けた先に安楽死があったのだと、それしか思えなかったのです。

 

彼女の病気の苦しみは、たぶん彼女にしかわからないし、想像力さえも行き倒れてしまうと思うほど彼女の痛みも感情も遠くにあって追いつくことが出来なかった。

 

よく「生かされている」などと言いますが、

これはある意味ではプレッシャーを与える言葉なのだと。安易にこの言葉は言えなくなってしまった。ひとに「生きろ」と言うのも傲慢なのかもしれない。

 

安楽死のために渡ったスイスでの彼女の笑顔を見ていると、

死の選択の自由を誰が奪えるのだろう、奪えることなどできないと思ってしまう。今までの苦しみに思い馳せると。

 

 

だからと言って死んで欲しくない。

この気持ちもまたエゴなのだと。

お姉さんもインタビューで語っていたような気がする。


死ぬことは生きることと同じくらい大切なもので尊重されるべきもの。

 

自ら生を選ぶことも死を選ぶことも、同じくらいの重さで語られなくてはいけないし、安楽死を触れがたいものとせずこれから活発な議論が進むといいと思います。

 

大切なのは本人がどう思っているかだと思います。

 

人間というものが神の手のひらにあるものではなく主体性を持って生きる存在なら

寿命は自分がそう思った時であっても、何ら不思議ではないのではないか。

 

彼女の最後の2日間を見ていて思ったことは、

生と死は地続きで

境界線なんてとても曖昧なもの

ということ。

 

あのスイスでの短い時間は、

彼女の生と死を擬似体験しているような不思議な時間でした。

見終わった後も何度も何度も自分に重ねて、あの部屋で過ごした時間を考えていました。

 

生も死も、

空間から空間へ

時間から時間へ

旅していることに変わりはない。

 

番組の主旨とは関係ないかもしれないですが、

哲学的な視点で考えるきっかけを与えてもらったと思う。

 

彼女の新たな旅が、

彼女が思う形の幸せなものであるよう願います。

 

 

 

ブログ背景画像

 

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 ブログの背景画像、試行錯誤中。

使っている写真は、去年ニューヨーク・ブルックリンで泊まったB&Bの部屋の写真です。棚の部分を切り取って背景画像にしました。

PCでしか確認できませんが、背景色を普段あまり使わないオレンジ色にしてみたらなかなかいい感じになりました。自分でも気に入ってます。

 

 

 

この部屋のインテリアがとてもかわいかったです。

ベッド周辺は赤でまとめてあって、壁の黒が引き立っていました。

壁の色が黒でも圧迫感がないのは天井の高さもあるのでしょう。

とても落ち着く、居心地の良いお部屋でした。